NPUとは何?AI対応PCのウソとホントをわかりやすく解説

導入文
最近、「AI対応」「NPU搭載!」といった宣伝文句を掲げるノートPCをよく見かけます。通販サイトでも「○○TOPSの算力で大規模モデルが動く!」などと謳われ、まるで「これはAI時代の中枢端末です」と言わんばかりです。でも実際のところ、それほど役に立っているのでしょうか? PCに搭載されたNPUは本当に必要なのか? 実は私が調べてみた結果、少なくとも現時点では「ちょっと先走り気味」と言わざるを得ません。
まず前提として、NPU(Neural Processing Unit)とは「神経ネットワーク処理装置」のことです。人間の脳の神経回路を模倣したニューラルネットワーク計算に特化した専用プロセッサで、AIの推論や機械学習の演算を高速かつ省電力で実行するために開発されました。現在主に以下の2種類があります。
- 統合型NPU:CPUチップ内に組み込まれるタイプ。例えばAMDのRyzen™ AI(XDNAエンジン)やIntel Core Ultraシリーズ(開発コード名「Meteor Lake」)など、PCやスマホ向けのプロセッサに内蔵されています。
- 独立型NPU:サーバーや自動運転車向けの単体チップ。GoogleのTPUや各社のAIアクセラレータカードも広義にはこちらに含まれます。
要するに、NPUはAI専用の頭脳です。では、そんなNPUをわざわざPCに搭載する意味はどこにあるのでしょうか? 本記事ではNPUの基本から、AI対応PCの「ウソとホント」を初心者にもわかるよう解説します。
結論
先に結論を言ってしまうと、現状におけるPCのNPUは「スペック的には強力だけど出番がほとんどない」──言ってしまえば飾りに近い存在です。NPU自体の演算能力(TOPS)は高く、省電力で効率の良いチップではあります。しかし対応するソフトウェアが極端に少ないため、せっかくの算力を発揮できる場面がほとんどありません。特にデスクトップPCでは省電力の恩恵も小さいため、なおさら「宝の持ち腐れ」になっています。CPUやGPUのチップ面積を削ってまでNPUを入れているのに活用されないのは、本末転倒と言えるでしょう。
ただし、将来性はあります。 製造プロセスの微細化やメモリ帯域・I/Oの改善、そしてWindowsやmacOSなどOS側のAI最適化が進めば、いずれ「GPUを呼び出すようにNPUを活用する」時代が来るかもしれません。その時初めて、AI対応PC(いわゆる“AIPC”)は真に価値を発揮するでしょう。
この記事を読むメリット
本記事を読めば、以下のポイントが理解できます。
- ✅ NPUの基礎:NPUとは何か、CPU・GPUとの役割の違い
- ✅ スマホでの有効性:スマートフォンでNPUが歓迎される理由(高速化・省電力・プライバシー保護)
- ⚠️ PCでの課題:現状のPCでは対応アプリがごくわずかで、NPUが宝の持ち腐れになっている実情
- ⚙️ 現在のデメリット:NPU搭載によりCPU/GPUのリソースやコストを圧迫している可能性
- 💡 将来への展望:OSやAIエコシステムの発展次第でNPUが活きる可能性と、PC選びで考慮すべき点
GPUがあるのに、なぜNPUを追加するのか?
多くの人はまず「AIの処理ならGPUで十分じゃないか?」と疑問に思うでしょう。実際、ほとんどのノートPCやスマホには当たり前にGPUが載っています。それでもNPUをわざわざ追加する最大の理由は「効率」です。GPUは本来グラフィックス処理用ですが、並列計算能力が高いためAI推論にも使われてきました。しかしGPUは汎用性が高いぶん電力効率が悪く、ノートPCやモバイル端末で長時間AIを動かすには不向きな面があります。
かつて「LPU(大規模モデル専用チップ)」なるものが話題になったことがありました。GPUより高速かつ省電力だったため、一時は“NVIDIAの黄CEOキラー”とも呼ばれ、GPUに代わるかと注目されたこともあります。NPUも同じ発想で、行列演算や畳み込み演算などAI特有の計算に特化した設計になっています。余分な汎用機能を省き、AI推論に絞った専用ハードウェアと高速メモリを詰め込むことで、GPU並みの並列処理をはるかに少ない電力で実現できるのです。
例えば、スウェーデン王立工科大学(KTH)のある研究では、小型ボード上のNPU(Rockchip RK3588に内蔵、6TOPS性能)がノート向けGPUのRTX 3070 Max-Qより処理速度は劣るものの、ワットあたりの性能(エネルギー効率)はCPUやGPUを圧倒したと報告されています。また韓国・KAISTの研究チームは、独自のNPU技術により最新GPU比で推論性能を60%以上向上しつつ、消費電力を44%削減できたと発表しています。さらに2025年の別の研究では、NPUは多くの推論シナリオでGPUと同等かそれ以上のスループットを発揮しながら、消費電力を35〜70%も削減できることが示されています。つまり「速い上に省電力」、これがNPUが期待される最大の理由なのです。

特にスマートフォンでは、NPUとの相性は抜群です。NPUによってリアルタイムなAI処理(低遅延)が可能になり、クラウドに頼らずオンデバイスで処理することでプライバシー保護にもつながります。また必要な電力も少ないためバッテリー持ちが良く、処理中に端末が発熱しにくいという利点もあります。例えば最近のスマホでは、写真の自動補正やカメラのポートレートモード(背景ぼかし)、音声アシスタントの応答などでNPUが活用され、ユーザー体験の向上に寄与しています。
では、同じことがPCでも実現できるのでしょうか?──残念ながら、現時点では状況はかなり厳しいです。ハードウェアとしての性能や効率は優れていても、それを活かすソフトウェアが極端に少ないのです。
PCで活用されていないNPUの現状
実際のところ、Windows環境でNPUを活用できる主なソフトはごくわずかです。2023年以降に登場したWindows 11搭載の「Copilot」(AIアシスタント)や、一部のシステム機能がNPU最適化され始めた程度で、一般アプリでは対応が進んでいません。対応ソフトを探してみても、出てくるのはArm版のアプリばかりで、通常のx86版Windowsで動くものはほとんど見当たりません。
例えばAdobe系のクリエイティブソフトを見てみましょう。Photoshopの公式ドキュメントによれば、画像生成や被写体の自動選択などAI機能の処理にはGPU(WindowsではOpenCL、MacではMetal)が使われ、NPUは一切関与していません。Photoshopの新しい生成AI機能(ジェネレーティブフィル)もクラウド上で処理されており、PC内のNPUは出番ゼロです。映像編集のDaVinci Resolveや写真編集のCapture One、Affinity PhotoなどもAI機能を搭載していますが、いずれもNPUアクセラレーション非対応でGPU優先です。NVIDIA製GPUを活用する「Studio」や「GeForce Experience」のような機能も多く、サードパーティのゲーム補助ツール(例:録画配信ソフトのAIノイズ除去など)も基本はGPUを使います。
x86環境(通常のWindows PC)でNPUを使えたアプリはごく限られていました。意外だったのは、オンライン画像背景削除サービス「Remove.bg」のWindowsクライアントくらいしかNPUを使う場面が見当たらなかったことです。しかしそのRemove.bgでさえ、NPUを有効にした場合より無効のまま処理した場合のほうが処理が速いという結果に…
Appleシリコン搭載のMacに内蔵されたNeural Engine(ニューラルエンジン)も事情は似ています。かつてAdobe LightroomがNeural Engine対応を試みましたがバグが多く撤回されました。DaVinci Resolveには設定でNeural Engineを使うオプションがありますが、実際はGPU処理のほうが安定しています。Adobe Premiereの音声分類など一部AI機能もNeural Engine対応とうたわれますが、正直あまり実用的とは言えません。筆者がMacで各種AI機能の動作状況をモニタリングしてみても、Neural Engineがフルに動いている場面は皆無でした。唯一、Apple純正の写真アプリ(ピープル認識や被写体効果処理)を使ったときにNeural Engine使用率がわずか3%ほどピクッと上がった程度です(笑)。つまり「本当に必要な場面では眠ったまま」になっているのが現実なのです。
このように、せっかく高性能なNPUがPCに積まれていても、現状では活躍の場がほとんどないのが実情です。各種ドライバーや開発環境(WindowsのDirectMLやMacのCoreMLなど)は整備されつつあるものの、ソフトウェア側が対応しなければ宝の持ち腐れです。ユーザーから見れば、「NPU搭載!」というスペックは掲げられているものの、その恩恵を感じる機会が極めて少ない状態と言えるでしょう。
今のNPUは飾り?それでも将来に期待
以上の状況から、現在のPCにおけるNPUは「スペック上は強力なのに活かせない」存在になってしまっています。特にデスクトップPCでは、省電力によるバッテリー延命といった利点も乏しく、なおさら意味が薄いのが現状です。むしろNPUをチップ内に搭載することで、CPUやGPUに割けるダイ面積(シリコン予算)が減ったり、コストが上がったりしている感も否めません。極端に言えば、現時点では「性能自慢の飾り」になってしまっているわけです。
しかし、だからといって「NPUなんて無駄」「将来的にもいらない」と断じてしまうのは早計でしょう。 今は対応ソフトが少なく出番がありませんが、ハード・ソフト双方の進化がこれから本格化する可能性があります。プロセッサの製造プロセスがさらに微細化・高性能化すれば、NPUを積んでもCPU/GPUの性能を犠牲にしにくくなるでしょう。メモリ帯域やストレージの高速化も、NPUへのデータ供給を円滑にして性能を引き出す鍵となります。また何よりOSレベルでAI支援が標準化されれば、アプリ開発者は意識せずともNPUを活用できるようになるかもしれません。実際、MicrosoftはWindows 11でNPUサポートを強化し始めていますし、AppleもコアMLを使った自社機能でNeural Engineを活用する下地を整えています。将来的に「重い処理はGPUではなくNPUを使う」というのが当たり前になれば、ようやくAI対応PCが本当の価値を発揮するでしょう。
では、GPUとNPUのどちらが重要なの? と疑問に思う方もいるかもしれませんが、これは用途によります。現状では、総合的な**性能のスケーラビリティ(拡張性)**という点でGPUが圧倒的に勝っています。例えば近年登場しつつある最新のハイエンドGPUでは、数百億~数千億パラメータ規模の巨大AIモデルをローカルの1台で動かせてしまうほどの性能があります。これは従来クラウドの大型サーバーでなければ不可能だったことが可能になるレベルで、研究・開発現場にとっては画期的です。当然そのクラスのGPUは消費電力も価格も桁違いですが、「とにかく最大限のAI性能が欲しい」場合、現時点でNPUはその領域には及びません。NPUはまだ第1世代・第2世代といった発展途上で、今後改良は進むでしょうが、現時点ではGPUの持つ圧倒的な演算資源には敵わないのが実情です。
一方で、電力効率やデバイスサイズの制約という観点ではNPUに軍配が上がります。GPUは高性能の代償に大きな電力を食い発熱も大きいため、データセンターのような環境でこそ真価を発揮します。ノートPCやスマホなどクライアントデバイスでは、限られた電力で賄わなければならず、発熱やバッテリー容量にも限界があります。そこではNPUや省電力なCPUが重要になります。つまり現在は「性能を追求するならGPU、効率を重視するならNPU(や用途次第でCPU)」という住み分けになっています。処理速度も、「どんなAIモデルを動かすか」でどちらが有利か変わります。大規模なモデルの学習や推論ではGPUが有利ですが、小さなモデルのリアルタイム処理ではNPUが速いこともあります。このように一概に「どちらが上」とは言えず、用途に応じて最適なアクセラレータを選ぶ時代になってきています。
では最後に、PC購入にあたってNPUは気にすべきか?という点について触れておきます。2025年現在、市場にはNPU非搭載のPCも多く存在します。「どうせ使いみちがないならNPUなんて無くてもいい」と思うかもしれません。しかし、今後4~5年スパンで見たときに、NPUもしくはそれ相当のAIアクセラレータを全く持たないPCは、将来的に「やっぱり性能が足りなかった…」と感じる場面が来る可能性もあります。特にディスクリートGPU(外部グラフィックス)が非搭載でNPUも無いようなPCだと、数年後のソフトウェアについていけず早めの買い替えを迫られるリスクがあります。逆に言えば、現時点では宝の持ち腐れ気味とはいえ、将来を見据えるならNPUや強力なGPUを搭載したPCを選んでおく価値は十分にあるでしょう。
今はまだ“眠れる巨人”状態のNPUですが、数年先にはソフト・ハード両面で状況が一変しているかもしれません。「AI時代の新しい頭脳」として注目されるNPUの今と未来、ぜひPC選びの参考にしてみてください。